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list コッソリ復帰?初戦は完封勝利。

一昨年年末、突然過去の生々しいセクハラをバラされ楽壇から失脚したシャルル・デュトワ(指揮者)。
何と、先日の大阪フィルの定期演奏会に登場して日本復帰を果たした。スキャンダルで一瞬にして人生を棒に振る有名人が後を絶たない中で、早すぎる復帰のような気もしなくはないが、組まれたプログラムが、ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」「幻想交響曲」にラヴェルの「ダフニスとクロエ」(しかも合唱付き)という豪華版!これは何をおいても聴きに行かざるを得ないだろう。

あのアルゲリッチと結婚歴があり、当時は「格差婚」などと揶揄されたが、その結婚もチョン・キョンファと浮気をしたことで破綻してしまい、本業以外で注目されて「猛女好み」などというヘンな勲章がついた(笑)。しかしその後、カナダのモントリオール交響楽団を世界的なオーケストラに育て上げその実力を発揮した。1996年からN響の常任指揮者に迎えられ98年から2003年まで音楽監督として手腕を見せつけ、ドイツ色が強かったN響を、短期間で現在のような多機能で柔軟性のあるオーケストラへ変身させた。だからこそ日本にも信奉者は多い。そんなデュトワも現在82歳。年に一度はN響に客演していたが、その堂々のパフォーマンスは円熟の域にある。セクハラ被害に遭った歌手には大変気の毒だが「女クセがスゴい絶倫指揮者」に魅入られたことは不運な事故だったとしか言えない。そのクセは幾つになって治らないだろうし、、、(失礼)。

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老いて益々盛ん、とはまさしく今回のデュトワにこそ相応しい(笑)。
一曲目からその旺盛なイニシアチブは全開だった。演奏はもう驚きの域。冒頭からして音色がフレンチ。ベルリオーズはドイツ的なテイストもあるが、ラヴェルの目まぐるしく変わる色彩感や繊細なフレーズの「揺れ」も、すっかりデュトワの意図する通りドライビングされるオーケストラ。失礼だが大阪フィルとは思えない緻密さには本当に驚いた。それはメインの「幻想」にも反映され、特に弦楽器群の一糸乱れぬアンサンブルと、音色、音量の陰影の妙は絶品。流石に後半、管楽器が少し息切れしたように感じたが、弦楽器は最後まで輝きを失わなかった。思えば久しぶりの大阪フィルだ。これは名トレーナーの尾髙さんが音楽監督に就任した成果かも知れない。ホントにホント、素晴らしかった。

今回の大阪フィルのオファーは「超ファインプレー」 
スケジュールがスカスカだったのか?ギャラが下がってたのか?といろいろ勘ぐりたくなるが(笑)、ナイスだ。ブッキングやプログラミングは音楽監督の専権事項でもあるので、これもまた尾高さんの手腕に感謝というところか。

大家をその十八番(おはこ)で味わう。
そんな贅沢を低料金で体感した我々大阪のファンは超ラッキー。
これを機に、デュトワとのコネを強固なものにして欲しい。

デュトワのダンナ、大阪はエエとこだっせ、グランシャトーがおまっせ🎵(笑)


KAJIMOTOのFBページより23日の「幻想交響曲・終曲部分」



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【2019/05/29 00:07】 音楽 | track back(0) | comment(0) |

list ノット in 大阪

東京交響楽団の音楽監督ジョナサン・ノットがもう一つの手兵、スイス・ロマンド管弦楽団と来日した。東京、名古屋、大阪の3都市だけで公演数は少なかったが、来日最終日の大阪公演は歴史的な名演奏となった。

大阪のプログラムは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(独奏・辻彩菜)とマーラーの交響曲第6番。東響ではまだ取り上げていないマーラー6番が当然お目当て(笑)。会場は珍しく「ザ・シンフォニーホール」。まあ、音響的にはこちらの方が良いが、やけに空席が目立った。演奏がよかっただけにとても残念だし、東京公演でも同様だったようで少し淋しい思い。

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一階席もバルコニーも空席多し💦これは開演前ですが、、、(笑)。

メンデルスゾーンを弾いた辻彩奈さんは22歳。現在まだ学生だが、数年前大きなコンクールで優勝した気鋭の新人。日本人にしては背が高く、舞台映えする風格で、容姿も音楽も学生とは思えないスケールの大きさを感じさせた。アンコールのバッハも良かった!
ヴァイオリンの音色がとても硬質で、ストラディヴァリではないな、、、と思って後で調べたら、やはりストラドではなく「ガダニーニ(1748年製)」とか。ちなみに楽器は、カレーのCoCo壱番屋創業者が設立したNPO「イエローエンジェル」からの貸与。

後半、お目当てのマーラー。
ジョナサン・ノットは希代のマーレリアン。東京交響楽団に来てからも、数々の名演奏を披露してくれているのはこのブログでも散々紹介している(笑)。
冒頭から少し早めのテンポで確信をもって語りかける。数年前、西宮で聴いたサロネン・フィルハーモニア管では、冒頭で勝負あったと思ったが、同様の感覚。第1楽章で勝負アリ(笑)。ノットの描くマーラーは常に「ジェントル」 曲の表題「悲劇的」へのアプローチも、ドロドロした破滅的なテイストではない。オーケストラのカラーとも相まって品の良い緻密な創造美を目指した。しかし、何と言っても我々を圧倒する魅力は彼のバトンテクニックだ。きめ細やかな各パートへの指示、ツボを押さえた統率力は、ビジュアル的にも観客を乗せる。これこそ、音楽を我々の身近にぐっと引き寄せる彼の真骨頂。だから皆彼に惹かれるのだ。
東京ではすっかり人気者のノットだが、今回、大阪初お目見え。この鮮烈なマーラーは関西の聴衆には忘れられない名演となり、すっかり彼の虜になったはずだ。何度もカーテンコールを受け、楽団が下がってからもまた呼び出される「一般参賀」がその証(笑)。元々のファンからすれば小気味よし。

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きっと数年後には東響でもこの曲を取り上げるだろうが、どういう演奏になるのか。
流石は名門のスイス・ロマンド。マーラーの要となる金管楽器にはやはり格の違いを見せつけられた。ホルン、トランペット、トロンポーン、チューバの安定感は、ノットのマーラーを支える堂々の世界水準。その部分は東響はまだまだその水準にあるとは言えず、、、。
とりあえずは、今年11月のマーラー7番に期待!(笑)

世界はノットをもっと評価していいと思うな、、、そう強く思った名演だった。



【2019/04/16 21:35】 音楽 | track back(0) | comment(0) |

list 心の旅が始まる🎵

我が町(旧香住町)の香住文化会館がこの3月で閉鎖され新しく建て替えられる。

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ボクの記憶が確かなら、建てられたのはボクが小学6年生の時。1971年。豊岡の市民会館も同じ頃ではないかと思う。共に既に半世紀近い歴史を抱える。
自分の歴史に照らして思うと、小学6年から中学3年までの僅か4年を区切ってみても、豊岡の市民会館で催された主要な物はほぼほぼ体験したと思う。二期会の「フィガロの結婚」や「セビリアの理髪師」、劇団四季の「ハムレット」、朝比奈隆と大阪フィル、有名バレエ団の数々、グレンミラーオーケストラ、ウィーンの森少年合唱団、等々。都会なら珍しくも何ともないが、こんな田舎では貴重な体験だった。今でもこの「初体験」の数々が自分的には大いに作用していると感じる。
しかし、残念ながら近年催しは低調を極め実に淋しい限り。かろうじて数年前から「子供たちが豊岡で世界と出会う音楽祭」の取り組みがなされているが、こういう種まきこそが大切と思う。

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先日テレビで「普門館」解体を報じていた。
客席が5000近くもある巨大ホールで、音楽ホールとしては使い勝手が難しかったが、いつしか「吹奏楽の甲子園」として、全国の吹奏楽部員たちの聖地となった。コンクールの全国大会会場としては、出場者と聴衆をまとめて客席に収容出来るキャパシティの大きさは比類ない。しかし、耐震強度不足が発覚して、色々な検討が成されたがやむなく昨年末に解体工事が着工した。
そのデンで行けば、我々かつての吹奏楽ピーポーにとって豊岡市民会館は「但馬の甲子園」だった?のではないか(笑)。
その豊岡も、新しい音楽ホール建設の話が進んでいる。期待しかない。

話を我が町の「文化会館」に戻そう。
出来た当時はにぎやかで、まさしく町の文化的催しの中心だった。3階建て。1階には図書コーナーと喫茶店。2階には会議室や和室、結婚式が出来る部屋もあった。3階はホール。ステージはあるが座席は固定されていないから多目的に使えた。この十数年後、すぐ前に700人収容のホールを備えた「中央公民館」が出来てからは、脇役的に存在なってしまったが、、、。

我々世代にとって忘れられないのは1973年9月「奇跡の」出来事だろう(笑)。
ボクは中学2年生。当時、仲間内で絶大な人気を誇っていたのが、毎週土曜日の午後、NHK神戸放送局から生放送される「FMリクエストアワー」だった。今でこそFM放送はNHK以外にKiss-FMなどが受信できるが、当時はNHKしか入らない。リクエストハガキをせっせと書いて、お目当ての曲がかかるときに自分の名前が読み上げられると大興奮した(笑)。その「リクエストアワー」が、何と我が町の文化会館で公開録音をするという。これは行かないワケがない(当日入場するのにハガキでの申込みが要ったのか否かは忘れた・笑)。いよいよその日を迎え、会場である3階ホールは当然満席。熱気ムンムン。わりと前の方の席に陣取った記憶がある。いつもは声だけの(笑)「吉沢アナウンサー」の軽やかなトークでスタート。リクエストコーナーやクイズ大会などで和やかに進行していったその時だった。

「実は今日はスペシャルゲストをお招きしております」

・・・とステージのカーテンが開いた瞬間、会場の誰もが目を疑った。そこには、何と『チューリップ』が居たのだ。時まさに「心の旅」が大ヒット中。しかも数日前ヒットチャート1位になったばかりで、昨日もテレビで見たばかりの、あの「心の旅」の「チューリップ」がそこに出現した。
会場は悲鳴に近い大歓声の嵐! 興奮絶頂の会場は、今世の中で1番売れている大ヒット曲の生演奏に酔いしれた。
きっと彼らは「心の旅」1曲だけ歌いに来たんだ思う。アンコールもあったので2回くらい歌ったかな?(笑) ボーカルの姫野さんの、あの口をペチャペチャするような独特の歌い方(笑)、今でもくっきりと焼き付いている。
しかも、その後、オマケで出て来たのが、まだ売れる前の「ダ・カーポ」という、、、(笑)。
まあ、チューリップもダ・カーポもその後の活躍はご存知のとおり(笑)。田舎者にとってはとんでもないサプライズとなった。
 
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あの日あの時、会場に居た人たちは、一人の例外もなく「文化会館」と聞いたら真っ先に「チューリップ」「心の旅」を、、、も一つオマケに「ダ・カーポ」を思い出すことだろう(笑)。
衝撃的な青春の一コマだ。

今年6月、還暦記念で伊勢旅行に行く我々同級生のテーマソングは、当然「心の旅」(笑)。
・・・心の旅が始まる🎵





【2019/02/22 22:05】 近況 | track back(0) | comment(2) |

list クルレンツィス体験

クルレンツィスを体験した。

聴きに行った、というより「体験した」という表現の方がしっくりくる。
演奏の録画などを見てある程度は予習はしていたが衝撃的な体験だった。

今回は彼らにとって初来日。東京で3公演、大阪で1公演。
ボクは当然最終日の大阪を聴いたのだが、先行予約のチケットが抽選だった。きっと良い席はすべて抽選で割り振られたのだと思う。もちろん席の希望は出来ない。いつもは2階のバルコニーばかりだが、この日は1階の下手寄り前から14列目。
プログラムはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と「悲愴」で、どちらもCDで話題になった曲。しかもソリストも同じくパトリツィア・コパチンスカヤだからチケットが抽選というのも肯ける(笑)。
東京3公演後の感想は、音楽ファンのツィッターで伺い知る。毎回終演直後からタイムラインは「クルレンツィス」で埋め尽くされ、予想通り賛否両論で湧き上がっていた。

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フェスティバルホール。
いよいよ開演を迎え、オーケストラの団員たちがステージに現れる。皆さんにこやかで、客席を興味深げに見渡している。知り合いでも見つけようものなら手でも振りそうな雰囲気だ(笑)。ステージ衣装は上下黒なのは統一されているが、男性は結構自由で、きっと「上は黒のジャケット、下は黒なら何でもOK」くらいのユルいルールなんだと思う。ジャケットの素材もまちまちでコール天の人も居たし、下は黒のスリムジーンズのような人も結構居た。白シャツに黒のスリムタイで辛うじて統一感を保っている感じ(笑)。
そして指揮者とソリスト登場。これもたいてい日本では下手(ステージ向かって左)から登場だが、上手から登場。クルレンツィスは黒のスキニーパンツにブーツ、上は黒のダボシャツ(民族衣装?)、コパチンスカヤもラフなパンツルックで赤いスリッパ。演奏時は裸足に。どれをとっても自由度が高い。これが彼らのスタイルなんだろう。
しかし、演奏が始まるや否や一瞬にして彼らの世界に引きずり込まれる。
コパチンスカヤのヴァイオリンは最弱音から最強音まで途轍もなくダイナミックレンジが広く、あの難曲を隅々まで「自分語」で語り尽くす。それは自由奔放で解放感に満ち満ちていた。自分に与えられたステージ上のスペースを目一杯動き回り、時には足を踏みならし、指揮者を見つめ、楽譜(譜面台を立てていた)に挑みかかるような仕草。まさに彼女のワンマンショー。まるでポップスターのライヴ!彼女をフォローするクルレンツィスもオーケストラも実に楽しそうで、絶妙で完璧な一体感が生まれている。うーん、これこそ生きた音楽の生みだされる現場。並のクラシック演奏会では中々味わえない生々しいライヴ感に客席は完全に圧倒された。

クルレンツィスはそんな出で立ちだし、事前のイメージでは相当のナルシストなのかと思っていたが、それはただのイメージに過ぎなかったようだ。きっとたっぷりと時間をかけてみっちりリハーサルを繰り返してきたはずなのに、本番での指揮は細部にわたるまで細かく、身振り手振りは形振り構わないようなアクション。それには悦に入ったようなナルシズムは微塵もなく、むしろ見ていてかっこ悪いほどだった(笑)。音楽作りに没入しているのだろうし、それに必死で応えようとしているオーケストラは一人の例外なく真剣で、クルレンツィスの創ろうとしている音楽、いや自分たちの目指そうとする音楽に一直線。

それをより痛感したのが後半の「悲愴」だった。
後半はチェロや金管楽器の一部以外は全員立って演奏。これも彼らのスタイルだ。立っているからなおさら、コパチンスカヤ程ではないにせよ、皆さん思い思いアクションが激しい(笑)。コンサートマスターや対面配置の第2ヴァイオリンのトップなどは動き回ってパート全体をまとめる大立ち回り。トランペットなどは出番になると立ち上がって吹くのだが、その様がまるでジャズのビックバンドを見てるようで新鮮だった(笑)。とにかく各楽器の醸す熱量がスゴい。最弱音から爆発まで表現の幅が広い。管楽器群はとにかく歌う歌う!クルレンツィスの音楽創りは実に緻密で細部に渡って計算され尽くされているようだ。それはオーケストラにも十分に浸透していて、スキなくそれを表現しようと妥協がない。チャイコフスキーがこの曲に求めたダイナミクス(ppppppからffffまで)を見事に対比させた。前半聴いたコパチンスカヤの音楽と同期するのは、目指す音楽が同じだからだろう。

「悲愴」は終曲部分、消えゆくように終わるが、何度聴いても拍手をするタイミングが難しい曲の一つだ。この日も、いきなり無神経なテロリストに「ブラボーっ!」とやられてしまうのか、、、と覚悟していたが、さにあらず。クルレンツィスが手を降ろさなかったこともあるが、驚くことに異例とも言える長い長い静寂が続いた。その時間、1分?2分? ようやくクルレンツィスが手を降ろしてもなお大喝采に襲われるには一呼吸あった。最後の沈黙までが曲の内とするなら、会場全体が彼らと一緒に音楽を創り上げたのだ。ステージと客席がバランス良く一体となる体験こそ稀だ。そのチカラが彼らにあった証だろう。

カーテンコールで、指揮者と一緒に毎回オーケストラ全員がお辞儀をする。指揮者の出入りに関係なく、ステージ上で何度も楽員同士が握手しハグしあう。・・・他では見たことない光景。

クルレンツィスと彼が作ったオーケストラ「ムジカエテルナ」だが、指揮者に支配されているのではない。クルレンツィスとオーケストラは互いのリスペクトの上に成り立っている。そして、楽曲へのリスペクトを共有するそのアプローチに誤魔化しはない。だから時間に制約を設けず、納得のいくまで濃密なリハーサルを重ねる。通常のオーケストラではそこまで出来ないのが現実だろう。
明らかにこの両者の存在は楽壇に一大旋風を巻き起こしている。モスクワから1400キロも離れた地方都市ペルミが彼らの本拠だ。「音楽で地方創生」と誰かが書いていたが、今後どう進化するのだろう?目が離せない存在だ。

一陣の風が日本を吹き抜けた。
それに立ち会うことが出来た。








【2019/02/20 16:05】 音楽 | track back(0) | comment(0) |

list 「平らに成す」時代の終わり

新年明けましておめでとうございます。

「いのしし年」は自分の干支。誕生年から数えて6度目の年周り。
『干支』(えと、もしくは、かんし)というのは、そもそも十干と十二支を組み合わせて「60」が一周期。従って今年60年目は、ついに誕生年に回帰する「還暦」というワケだ。長寿を祝う「年祝い」はこの還暦に始まり、古希、喜寿、米寿、白寿と続く。長寿の仲間入りとは、、、思えば遠くに来たもんだが、これといって社会の役にも立たず、ボーッと生きてるようでは、例の5歳児に叱られるのは間違いない。いかんね(笑)。

年末年始はいつも休まず営業のため、例によって、録画した年末年始のテレビ番組をここ数日かけてようやく見終えた。大晦日、紅白の裏番組「クラシック音楽ハイライト」は毎年欠かさず見るが「平成の30年間」をキーワードにしたコーナーが印象的だった。指揮者の存在が以前の専制君主的キャラから、「平らかに成す」民主的なリーダーキャラが求められた時代に、、、なるほど。しかし今後は、また「強い個性」や「強いカリスマ」を求める風潮が強まるだろう、という予言、、、これには、期待も込めて同感した。

それをズバリ予感させるのが、テオドール・クルレンツィス(指揮者)の存在だ。

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1972年ギリシャ生まれの46歳だが、突然現れた感が強い。風貌もまるでロックスターのようだ。
しかも彼は、ヨーロッパの中心ではなく、モスクワから1400キロも離れたロシアの地方都市(ペルミ)で、自分のオーケストラ&合唱団(ムジカ・エテルナ)を作って「自分の(自分たちの)理想形をとことん具現化するスタイル」を究めている。まあ指揮者なら誰しも同じ思いで自分独自の音楽作りをしたいのだろうが、既存のオーケストラに招かれて指揮しても、数日のリハーサルではどうしても完成度の高さには限界があるし、オーケストラと波風立てず良好な関係性を保つことに注力してしまうと「平らかに成す」無難なパフォーマンスで終わる傾向も強くなる。それが不満なら、自分と志の合う楽員を集めた自分理想のオーケストラを組織すればその悩みがなくなるのだろうが、高レベルのプレーヤーを揃える苦労や経営面も含め成功している例は少ない。
しかし、だ。
クルレンツィスとムジカ・エテルナのコンビはここ数年で立て続けにリリースした録音の数々で世界中を完全に圧倒した。先ずは、モーツァルトのオペラを3連発。「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョバンニ」 そして一昨年のチャイコフスキー「悲愴」ではレコードアカデミー大賞(レコード芸術誌が選ぶ年間最優秀ディスク)を受賞。さらに大賞に次ぐ銀賞も「ドン・ジョバンニ」で獲得! と、思いきや、何と翌年(昨年)も「マーラー6番」で2年連続の大賞に選ばれるという快挙。今、音楽界はこのコンビ一色に染められていると言って過言ではない。
特に、昨年秋にリリースされたばかりのこのマーラー6番には、ボク自身完全にノックアウトされた。図らずも?同時期にリリースされた同じ曲、ラトル・ベルリンフィルのラストコンサートが全く霞んでしまった。まあ、片や入念に作り込まれたスタジオ録音と一発勝負のライヴ演奏で違いはあるものの、オーケストラ能力の高さが際立ち、表現力は驚異的水準だ。ムジカ・エテルナ恐るべしの一言。いや、それを引き出すクルレンツィスの才能が恐るべしだろう。
今後、新しい録音が出る度に注目され、我々をワクワクさせてくれることは間違いなさそうだ。特にマーラーに関しては、これまでの履歴を全て書き換えてくれそうで、こんなにも気持ちが高ぶるのは久しぶりだ。

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下の映像は「フィガロの結婚」の録音風景を収めている。
何と11日間もペルミの歌劇場を閉鎖して、昼夜を問わず全員が納得のいくまで演奏を掘り下げたということだ。見てわかるように、チェロなど座らざるを得ない奏者以外は全員立って演奏している。これも彼らこだわりのスタイルでとても新鮮。



そして、ついに来月にはこのコンビが初めて日本にやってくる。
抽選で売り出された大阪公演のチケットが運良く当たった。演目は例の「悲愴」!
新しい時代の始まりを実感したい。


彼らの成功例は単に音楽の世界に留まらない。
確かな才能とそれが作り出す作品が圧倒的な魅力に溢れているのなら、場所が何処であろうと人を惹きつける。都会で無ければ成功しない、というのは既に幻想だ。
魅力に惹かれたら、どんなに遠くても、どんなに不便でも「わざわざ」出かけてそれを確かめようとする人の動きは、もう珍しくない。

明らかに「モノサシ」は変わって来た。
「平らに成す」時代が終焉を迎える。





【2019/01/08 22:46】 近況 | track back(0) | comment(0) |