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list 「kurakuraのおと」

クドいようですが、、、(笑)



現在は「KuraKuraのおと」を書いています。

よろしければご覧下さい。









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【2015/11/18 22:55】 近況 | track back(0) | comment(0) |

list 「KuraKuraのおと」始めます

新ブログ「KuraKuraのおと」始めました。

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こちら




【2014/10/03 00:48】 近況 | track back(0) | comment(0) |

list KuraKuraと10年、、、

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この日記を書き始めて丸10年。
毎日更新!と意気込んでいたけど、最近は随分ペースが落ちました(笑)。

10年ひと昔、という言葉は既に死語に近いと思いますね。
インターネットが始まり、世界中に情報伝達の革命をもたらした。携帯電話もほとんどがスマホに変わり、高速通信回線が整備され、メールやチャットはますます我々の生活に入り込み、今やSNS全盛期。10年前から思えば異常な進化とも言えます。

それをブログ更新を怠る理由にするつもりはないけど、ついつい長文を練って大きな主張を携え書かなければ、という思いは強まっていました。
思いつきのようなつぶやきを、ついつい簡単に発信することが日常となったことへの「戒め」にも似た気持ちがそうさせていたのかもしれませんね。

ここで日記の筆を折るつもりはありませんが、ひとまず休憩。
休みが長くなるのか短くなるのかは今はわからないので、終わります、とは言いません(笑)。


そこで、リニューアル?
違うスタイルの日記を綴ることにしました。
自分でも楽しんで無理なく続けられるような、、、(笑)。

ただいま準備中。
近日中にスタートします。
よろしくお願い致します。





【2014/09/27 14:38】 近況 | track back(0) | comment(2) |

list お客さん目線

夏が終わる。

変な時期に台風が来たり、大雨が降ったりで、当初の冷夏予想は当たったようだ。しかし、こんな小さい島国に予想を超えた大雨が降ると毎度毎度とんでもない災害が発生する。家を流されたり、またその集落ごと流されたりしている様子を見るにつけ、ここは災害列島だと思いを新にする。我が日本海沿岸地域は「津波に無縁」と言われ続けて来たが、先日、国土交通省などの有識者検討会で、地震による日本海沿岸部の津波発生予測が具体的に試算され「無縁ではない」ことが指摘された。まあ、常に自主防災意識を高く保ち、危機管理は怠るまじということだ。

災害列島でありながら「観光立国」を目指すという我が国。それは我が町も同じ。近隣の地域もみな同じだ。いずこも同じことを目指すから、各地様々な工夫で観光客を取り込もうと熾烈な競争になる。名勝、名物、名産品にB級グルメ、各種イベント、お祭りにフェス、、。同じように同じことを考えているだけでは独自色を失う。ただ独自色に走り過ぎると一過性のゲテモノに終わってしまうこともある。世の状勢は、ほんの20年前と比較してもかなり変化している。「少子高齢化」が叫ばれて久しいけど、本気でそれに対応した戦略に転換できているのか疑問だ。昔は家族連れが海水浴にどっと押し寄せていたが、あの夏の風景は既に夢のあとだ。「観光客20%アップ」を公約に掲げた新首長に具体的施策は未だ不明。過去の栄華にすがっても、夢うつつの世界を彷徨うのみ。夢うつつと言うなら「今年の夏はハリーポッター(USJ)にやられた」とでも言い訳するのかな?(笑)
国内のお客さんを奪い合うことに成長の芽がないから、国は観光立国をめざし海外からお客さんを呼ぼうと戦略を立てる。「インバウンド」(外国客)という言葉がこの田舎でもようやく語られ始めたが、この但馬(特に城崎)でも確実に増えている外国人客を何故もっと我が町にも引き込まないのか?引き込むような態勢作りをしないのか?とことん不思議でならない。


7月に友人たちが休暇を利用して遙々東京から遊びに来てくれた。
香住に2泊、城崎に1泊したのだが、我々夫婦も彼らと共に観光客になり切って数日過ごした。初体験のジオカヌーや城崎の外湯巡りも実に新鮮だった。地元を知っているつもりでも観光客目線で見ると驚くほど発見が多い。
周辺の環境、施設、街の空気、、、宿の設え、接客、食事、、、。もちろん再発見して喜ばしいこともあるが、正反対の部分もある。贔屓目に見てもガッカリすることの方が多かったのが残念だ。

宿泊業界の人達は地元の同業に宿泊することなどあまり機会がないかも知れないが、試しに一度如何だろう。せめて同じ商圏(例えば山陰海岸ジオパークのエリア)を歩いてみるくらいはするべきではないだろうか。自画自賛をやめろとは言わないが(笑)、問題意識がある方々ならば発見は多いはずだ。

「高ビーな姿勢」と「こだわり」は似て非なるもの。紙一重。主観的な満悦を封印して、たまにはどっぷりお客になって自らを省みるのが肝要。「客観的」と言うコトバは客の目線で観ることをいう。サービス業のイロハである。観光立国への道程は容易くない。

ボクは、相手のシゴトにプロ意識が感じられないとお金を捨ててる気分になる。
もちろん自戒も込めて、、、。



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                    Special Thanks to Real★★★





【2014/08/30 00:23】 近況 | track back(0) | comment(0) |

list マゼール逝く

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崇拝する指揮者、ロリン・マゼールがこの世を去った。

彼についてはこの日記に再三登場しているので詳しい紹介は無用と思う。
1930年生まれ。日本的に言えば昭和5年生まれ。

亡くなる直前は体調を崩していて、5月のボストン交響楽団との来日公演は実現せず指揮者が交代した。しかし昨年春にミュンヘンフィルと来日したし、精力的な活動スケジュールは衰えを感じさせなかった。ボクが最後に実演に接したのは2007年、西宮の芸術文化センターでのトスカニーニ交響楽団公演。その前年に同じホールでニューヨークフィルとのコンビを聴いていたのでこの2年連続が最後となった。その後はNHK交響楽団に客演したのをテレビで観たし、昨年春のミュンヘンフィルも無理をすれば聴きに行けたが、プログラムに惹かれるものがなく行かなかったのだ。
と言うのも、実は老齢に達したマゼールに「新しさ」或いは「円熟」を期待することが無いからでもある。大家と呼ばれる指揮者や演奏者でも、多くは晩年には円熟の極みに達し、神懸かった演奏を連発することがあるが、マゼールに関しては、既にと言うか常にと言うか「完成」されており、常に表す音楽の次元が高く、それ以上の期待が持てない気が何となくするのである。
2006年にニューヨークフィルの演奏に触れたとき、楽団を上手くドライブしていたのが印象的だった。
マゼールは自分のタクトに従わざるを得ないように絶妙な指揮をする人で、スコアに書いてある音を全て振っているかのようなバトンテクニックは、オーケストラ側に曖昧なズレやミスを許さない。それは各楽器に的確に「キュー」を出すというありがちなレベルではなく、彼の一挙一動が完璧な「音楽」なのだ。つまり、彼の指揮が完全にスコアを見通しており、観客は彼の指揮を見つめているだけで音楽が理解出来るといってもよい。若い頃は特にそれが色濃く、どんなオーケストラでも彼の思い描く音楽が完璧に表れ出る感じだった。他の指揮者がやるととても大変そうに見える難曲でも、マゼールの指揮で聴くととてもわかりやすく交通整理され、曲の構成が具になり、複雑さはむしろ意味深く味わいを醸し出す。それをいとも簡単に実現する爽快感は驚きと感動以外生まない。
世界の名だたるオーケストラの指揮者を歴任してきたが、何処でも長くその地位に留まらないのは、他の指揮者が10数年かかるところを、数年でゴールに行き着くからではないかと思う。
高齢で今さらながら名門オーケストラの音楽監督に就任したという意味もあるのだろう。ニューヨークフィルとの演奏は、それまでより2、3歩控えた感じで、よく言えば「大人な」スタイル。悪く言えば「毒気が抜けた」感じがした。もちろん演奏の要はブレないが、高級車を余裕でドライブしている感じ、、、。以前のように、中古車だろうが、1600ccだろうが超高級車であろうが、常に最速タイムを叩き出すような「凄み」を感じることはもはや無くなっていた。まあ、年齢も年齢。当然と言えば当然か、、、(笑)。


ボクが初めて彼の実演を体感したのは1978年。
大阪フェスティバルホールでのクリーブランド管弦楽団公演。
プログラムは
キューバ序曲(ガーシュイン)
展覧会の絵(ラヴェル版)
交響曲第6番「悲愴」(チャイコフスキー)

一曲目から度肝を抜かれたのは言うまでも無いが、ここでアクシデント(笑)。
二曲目を振るために出て来たマゼールは、観客にお辞儀してオーケストラに向き直ると、低弦(チェロ、コントラバス)に向かって指揮棒を構えたのだ。しかし二曲目「展覧会の絵」の冒頭はトランペットのソロ。明らかにチャイコフスキーを振ろうと勘違いしている。いつまでたってもチェロ奏者たちは弓を構えず、それでも指揮者が気づかないので、トップ奏者が控えめながら首を小刻みに横に振って気付かせようとする。けっこう時間がかかったが、ようやく気付いたマゼール。慌てることなく、即座にトランペットに向かって指揮棒を大きく振り上げ曲が始まった。「展覧会の絵」が圧倒的名演だったことは言うまでも無い(笑)。

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当時48歳。見かけはこんなだった。

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その後、東京に居を移したボクは「追っかけ」よろしく、来日する度ほとんどの公演に足を運んだ。82年、クリーブランド管との再来日とフランス国立管弦楽団との圧巻「幻想交響曲」! その後ウィーンフィル、バイエルン放送響と何度か来日。

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何せ、10歳で指揮者デビューしてアメリカの主要オーケストラに客演した「神童」だった人。驚異的な記憶力でスコアはどんな難解なものでも完全暗譜。だから「音を全て振る」指揮が出来た。

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ヴァイオリン奏者としても「天才」だった。



天才だけに、若き日々から晩年まで録音の数も膨大。
ただ、やはりレコードより「ライヴ」の人。
「実演に触れなければ彼のスゴさはわからないよ」と言い続け、マゼールファンを少しは増やせたかな?(笑)

あえて大好きなレコードを挙げるなら何と言ってもこれ。

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これ以上の「幻想交響曲」を聴いたことがない。
オーケストラは違うがフランス国立管弦楽団との演奏は未だに耳に響き続ける。

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そして「遺作」となったフィルハーモニア管との「マーラーサイクル」ライヴCD。
1番から6番までが届いた。
どんな演奏なのかは予測がつくが(笑)、在りし日のマエストロを思い浮かべながらじっくりと聴こうと思う。



素晴らしい体験をありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈り致します。







【2014/07/22 13:23】 音楽 | track back(0) | comment(0) |
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