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list 背番号「6」

巨人V9に熱狂した世代としては、ジャイアンツの背番号「6」と言えばやはり土井である。

その後「6」は、篠塚、落合、石井浩郎、川相、小久保と来て、現在は若手のホープ坂本が継承した。時代が変わっても、「1」王、「3」長嶋、「5」黒江、「6」土井の不動の内野陣は永遠の芸術品だ。
少年時代、好きな選手は?と訊かれたら「土井」とか「黒江」と答えていた。もちろん王や長嶋は好きだったが月並みだし、大技でドカン!の雲上人的ヒーローより、小技を駆使して地味にチームに貢献するスタイルに身近な魅力を感じ、自分もそうありたいと憧れた。特に土井選手のヒットは狙いすましたように「人のいないところに打つ」という、相手にとっては憎らしいバッティングで、それは時にバントだったり、ぽてんヒットだったりした。それは非力な自らを生かす頭脳プレー。そこがたまらなく好きだった。

先日、たまたま見たドキュメンタリー番組で、ガンとの闘う生活や過去を語る姿を見た。
当然「イチロー」の話題にもなった。彼は、オリックスの監督時代にドラフト4位で入団した鈴木一郎の才能を見抜けなかったヘボ監督といわれている。イチローが涙ながらに「2軍に落とさないでくれ」と懇願したのは有名だ。しかし、当時のオリックスは外野陣に実力選手がズラリそろっていて、入りたてのそれも高卒ルーキーが入り込む余地がなかったのも事実だった。だからフル出場できる2軍で修行させた。キャンプに来た恩師・川上哲治に「いい若手がいる」とイチローを見せ、川上に何故使わないんだ?と訊かれ「才能はあるが生意気なんだよね。礼儀が出来ていない。」と語ったそうだ。
その後、チーム作り道半ばで監督を解任され、後任の仰木監督に「育ての親」の勲章から何から「すべて」おいしいところをもっていかれて、貧乏くじを引かされた格好になったが、それも「犠打の帝王」土井の宿命か、、、。
現在「世界のイチロー」に苦言を呈する者はいないだろう。チームやファンの期待以上の「仕事」をやってのける人間は「生意気」で「礼儀知らず」でも誰も文句は言わないだろう。
当時のことを父親チチロー氏は「あの苦労があったから今がある」とフォローされているし、イチロー自身も土井氏との軋轢を否定しているが、土井が教えたかったことの意味を、イチロー自身が今理解しているか否かがが問題だと思う。あまねく野球人の頂点たるならば発するメッセージも大きい。

現代の世の中で、礼儀作法を小うるさく叱る「大人」がどれほどいるだろう。
どんな偉業を成そうとも、まずは人としての姿勢が問われることが間違いではないと、誰が教えるのだろう。
昔気質の野球の鬼。個性ある野球人がまた一人消えた。

20090928.jpg
神戸出身だとか、、、。
偉大な兵庫県人を失った。

ご冥福をお祈り致します。

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【2009/09/28 11:35】 時事問題 | track back(0) | comment(0) |
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