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list 「ピョンヤンのアメリカ人」その2

プログラムは以下の通り

・北朝鮮国歌
・アメリカ国歌
・「ローエングリン」第3幕への前奏曲(ワーグナー)
・交響曲 第9番「新世界より」(ドボルザーク)
・「パリのアメリカ人」(ガーシュイン)
(アンコール)
・「アルルの女」よりファランドール(ビゼー)
・「キャンディード」序曲(バーンスタイン)
・「アリラン」

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曲の合間にはマゼールが解説し美人同時通訳が朝鮮語で即座にアナウンス。
マゼールは片言の朝鮮語を交えて客席を和ませていた。
ガーシュインはきっと北朝鮮では初演。ジャズの響きに客席の反応はまちまち。ポカンとする人もあれば、リズムをとってノリノリの人もいた。曲を始める前にマゼールが言った「平壌のアメリカ人」というセリフは、後日色々な記事のタイトルに使われたとか。
アンコールの「キャンディード」の場面で、マゼールがバーンスタインとニューヨークフィルの関係について語り、天国からバーンスタインを指揮台に招くような演出で、自身は舞台袖に下がり指揮者無しでこの難曲をサラリと演奏した。果たしてこのウィットが会場に伝わったかどうかはわからない。
アンコールの最後「アリラン」は荘厳で実に感動的な演奏で、ついに完全に客席とステージが融和したようだった。客席で涙ぐむ人たちもいて、終演後オーケストラが舞台から去ろうとしたら、それを惜しむようにお互い手を振り合うシーンは、主義主張を越え自然な友情が芽生えたような感動的瞬間だった。団員が去っても何度も何度もマゼールとコンサートマスターはステージに呼び戻され、スタンディングオベーションで手を振る聴衆は帰ろうともしない。感動的な演奏会ではよくある光景かも知れないが、ここは非人道的行為を繰り返す独裁者の国、あの北朝鮮。こんな国でも音楽は共通言語に成り得ることの証か?
国の体制はおいそれと変わらないが、この場にいたこの国のエリートたちの心が少しばかり解放した瞬間を見た気がした。しかし、それもこれもすべてウソで計算尽くの演出だ、と決めつける人もいるだろう。それも勝手だが、まあこのイベントで何かが変わるかと言えば何も変わらないのがこの国の現実かもしれない。
ニューヨークフィルはアメリカのオーケストラらしく男女比は半々で多民族集団。中国系、コーリア系、日本人などアジア人も多い。この中に8人も自分たちの同胞が含まれていることを彼らはどう感じただろう。

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オーケストラの団員数人ごとに「世話人」と呼ばれる英語が堪能な精鋭たちがあてがわれていた。もちろん最大の任務は「監視」だろうが、一番身近に接して文字通り世話をした彼らにとってけっして「鬼畜」ではないアメリカ人を、きっと好意的に感じたに違いない。レセプションや最後空港で本気で別れを惜しむ光景があちこちで見られ、この人たちが後で当局から「お叱り」を受けなければよいが、などと要らぬ心配をしてしまうほどだった。

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最後の方で客席画面にチラリと映った女性。この人こそがこの演奏会の不足資金を埋めた大富豪チェスキーナ・永江洋子さん。もともと音楽家だった彼女はイタリア留学時に知り合った男性と結婚し、夫の死後莫大な遺産を相続した。音楽家やオーケストラ、演奏会の支援するパトロネスとして音楽振興に尽くす。ニューヨークフィル側からの支援要請を快諾。「売国奴」呼ばわりする批判的な雑音にもキッパリ反論。

「政治的なことは何もわかりません。北朝鮮、日本、アメリカの間にある対立について関心はありません。私は音楽を愛しているし、音楽は共通言語です。私はコンサートができればそれでいい。平和に貢献したいと願っているだけです」


パトロネスの言葉はさすがに重い。
意味ある支援だった、と実感出来る日が一日も早く来て欲しい、、、。

このイベントから既に3年、、、。





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【2011/06/30 23:53】 音楽 | track back(0) | comment(0) |
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