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list 90歳のスタインウェイ

我が母校・香住小学校。
明治28年(1895年)にそれまで各地区にあった簡易小学校と尋常小学校が統合され、香住尋常高等小学校として発足したとのことだから創立約120年の歴史を持つ。ボクが入学する時、創立当初の木造校舎はまだ一部が残っていたが、ちょうど最新の鉄筋コンクリート製新校舎が出来たばかりだった。しかしその校舎も半世紀経たずしてお役御免。今秋取り壊される。今までの校庭の位置に3世代目となる新校舎が完成し、いよいよ夏休み明けから児童たちが新しい歴史をスタートさせるようだ。で、先日お盆の2日間、取り壊し前に既存校舎が一般開放された。

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卒業以来校舎内に入る機会はなかったが、多感なる幼き日々(笑)を6年間も過ごした場所。過ぎ去りし風景の一つ一つが蘇り、隔たれた時は一瞬にして消え失せた。モノクロームな記憶が少しばかり天然色に変わった気がした(笑)。

最近話題になっているのが約90年前に購入されたというピアノ。それも天下のスタインウェイだということで一様に驚いたが、話を聞いたり、自分の記憶をたどってみると、このピアノには我々世代までも充分お世話になっていたとのこと。思えば、5年生の時新たに完成した北校舎に設けられた新しい音楽室。ピカピカの部屋にピアノだけがキズだらけなのが印象的だった(笑)。それこそが名器スタインウェイだったのだ。購入されたのは1926年(大正15年)とのこと。当時は日本のヤマハがようやくピアノを作り始めたという時代でもあり、ピアノを購入すること自体一大事業だったに違いない。楽器のブランド選定に関してもおよそ選択肢は少なく、高級輸入品が選択された経緯はある意味当然とも言えるだろう。当然当時としては破格の値段だったようで、保護者や関係者の寄付で購入が実現したらしいが、お披露目に野口雨情や中山晋平という当代一の著名人を招いたというから、西洋音楽教育の黎明期を思わせる逸話そのものだ。ただ、この楽器を納入した大阪の楽器店は、当時そこそこ納入実績があったようで、国産品が普及していなかった分、楽器商は高級輸入楽器でおいしい思いもした良き時代と言うことだろう。いまでこそ、家にピアノがあるのは珍しくないが、ボクが小さい頃にはまだ「◎▲さんちにはピアノがある」と羨望のまなざしからか陰でウワサになる程だった。楽器というよりステイタスシンボル的高級調度品扱いの次元。舶来音楽への距離感をうかがわせる(笑)。
名器も時を経て老いるは必然。学校の80周年時や100周年時に修復することが検討され、寄付を募ったこともあったらしいが頓挫し、寄付金は新しいピアノ購入に充てられ、現在のヤマハに後代を譲った。

今回の旧校舎一般開放でこのピアノに触れることが出来た。

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既に何度か弦が張り替えられ、キーアクション、ハンマー部はスタインウェイの物ではない可能性があるが、意外にも音はしっかりと鳴った。音色はお世辞にも「さすが名器!」とは言えないが、ジャズメンが泣いて喜びそうな稀少な音色でもある。極上のラグタイムが聴けるかもしれない(笑)。

今回、このピアノの修復する企画が持ち上がっている。
どの程度修復するのか不明だが、費用が300万〜600万円程度と伝えられるので、修復後は「別の楽器」と呼ぶに相応しいだろう。それにコンサートサイズならいざ知らずベビーグランド(最小サイズ)ピアノの修復に600万なんて、、、どうなんだろ。「最近になって倉庫の隅っこに押し込まれているのを発見された」と語られるが、以前にも修復のための寄付が募られた経緯があるのだからそれは明らかにヘン。きっと名器だけに捨てるに捨てられず中途半端に放置されていて、誰も手を付けようとしなかったと言うのが正直なところだろう。管理が杜撰だっただけの話。それに今回このピアノの現状を見てちょっとガッカリ。修復に意欲を燃やす関係者がおられると言うワリには、まさに倉庫に突っ込んだまま、ホコリだらけのまま、、、。せめてホコリを取り除いたり汚れを拭いたり、このピアノへの愛情を示して欲しいものだ。

懐古趣味も結構だが、音楽を楽器のブランドでありがたがるのは前時代的人間の発想。楽器は名器であっても所詮消耗品(オールドヴァイオリン等は例外)。置いておくだけでもメンテに費用がかかる。「高いピアノがある」だけではただの「応接間の高級家具」に過ぎず何も創り出さない。多額の寄付で修復が成されてとしても「勝手に触っちゃダメ!」とお蔵入りにされてしまおうもんなら、子供たちに何のメッセージが伝わるのだろう。
時代は進み日本の音楽現場はめざましい発展を遂げている。ピアノ自体が珍しかった時代は今は昔。音楽は本来人間が主役のはず。音楽は演奏者あってのもの。もっと「表現者」としての子供たちに注目しようではないか。彼らの可能性を育てる方がずっと未来志向だ。多額の寄付を集めるなら、骨董品を修繕するより新しい楽器をたくさん買って、オーケストラでも作る方が夢がある。

関係者には申し訳ないが、ボクはこの企画に否定的だ。




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【2012/08/18 09:45】 主張 | track back(0) | comment(0) |
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