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list 足らぬモノ

この町の自営業後継者に足りないもの。
それは「創業者の精神」

一次産業は別として二次産業、三次産業を担い、その家業を継いでいる後継者が現在2代目3代目という所は多い。家は3代目で潰れる、という格言があるが、のほほんとしていると絵に描いたような末路を辿る危険性大だ。
例えば、現在ではこの町に数多ある「民宿」だが、ボクらが中学生の頃タケノコの如く一気に増えた稼業。当時は夏の海水浴シーズンがメインで、やがて冬場にも「カニ」を武器にしてお客を呼んだ。あっちもこっちも一気に「民宿」業に参入したのは、そこに「旨み」があったからだ。当時笑いが止まらぬ程の利益を揚げたことは周知の事実。しかし今は昔、、、。例外はあるにせよ現在の経営者は大抵が2代目。
町の基幹産業だった水産業。活況を呈していた頃に比べて漁船の数は激減し、水産加工業者も廃業者が後を絶たず年々減る一方。状況を憂うばかりだが、突然こうなったワケではあるまい。凋落の傾向はかなり以前からあったはずだ。ま、経営上の危機管理は個々の問題なので、他人がどうこう言うことではない。

ただ、この町の商工業者には「買ってもらって当たり前」という妙な驕りがある。少なからず、未だに、、、。それは、顔見知りだけを相手にする勝手なローカルルールのつもりなのか、その商圏の閉鎖性からくる「縄張り意識」なのか、過去それで成り立って来たことへの執着なのかそれは知らない。だけどヨソの人からみたら呆れるような錯誤。

親戚だから
同級生だから
友達だから
近所だから
地元だから
以前からの付き合いだから →→→ 『買ってくれて当たり前』

もしも未だにそれで成り立っているのなら大いに結構な話。田舎の商売「持ちつ持たれつ」というのはわかる。しかし買う側から言わせてもらうならハナから「当たり前」と思われていることが腑に落ちない。売る方の都合優先の謂わば「上から目線の商売」はお客からすれば最悪だ。以前、町の商工会が行ったアンケートでは、町内の商店への不満のトップが「店に行っても"いらっしゃいませ"とも言わない」「物を買っても"ありがとうございます"もない」だった。店に行っても、物を買っても感謝すらされない空気が「買ってくれて当たり前」というスタンスから来るのなら笑止千万。
さらにひと昔前までは、自分の所から買わない人、自分の所を選ばない人に「露骨な嫌がらせ」をし、その上「お客を獲った」だの「お客を獲られただの」と対象業者までも巻き込んで、カゲであることないことを吹聴して陰湿な追い落としをかけることが平気で行われていた。サイテーな話だ。それが怖いからガマンしてそこを指名するという負の構図は未だにある。まさかとは思ったが、現在の後継ぎたちの中に、己の時代錯誤も省みず、技術や品質そっちのけで「看板」を振りかざして周りを威圧しようとする阿呆がいると知って呆れた。苦労を知らぬ後継ぎの何と哀れな姿よ、、、。ま、せいぜい「看板」でも「印籠」でも振れるものがあるのなら振りかざし続けるがいいさ。驕れる者は久しからず、、、末路は明白だ(笑)。


「お客を分け合いましょうよ」

ウチの店を開店した当時、同業の若者にそうカラまれたことがある。

「お客さんを分け合う?それはお客さんが決めることでしょ?」

お客さんに選ばれるために自分の技術や売る物の品質を磨く。
他者にはない独自性でお客さんによりいっそうの満足を得てもらう。
創業の理念ってそこでしょ?
「町興し」を叫ぶのはいいが、各々ここに立ち戻るところから始めなければ不毛。ましてや他の地域と勝負など夢のまた夢。



何でもネットで注文して手に入れられる時代。
クルマだってディーラーで買う時代。
家だって入札して建てる時代。

地元のために何でも地元で買おう!と叫ぶ人たちもいるが、ボクはそれに否定的だ。物には常にクォリティが問われる。そしてそれを得るためのコスト比較もある。それをも無視して、何のためらいもなく地元業者を選ぶことは出来ない。しかし選択肢の1つとして候補に入ることはあるだろう。後は地元業者の頑張り次第。我々に選ばれるための努力もしないで「買ってくれるのが当然」って?どーかしてるぜ。本末転倒もいいとこだ。

景気や社会のせいにしてグチるヒマがあったら勉強して自分を磨け、ってこと。
もちろん自戒も込めて、、、。

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【2013/02/15 15:56】 主張 | track back(0) | comment(0) |
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