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また音楽の話に戻る(笑)。

今年に入って、マーラーの9番しか聴いてないような有り様だが(笑)、この曲の演奏を語る上でどうしても避けて通れない二人の指揮者がいる。既に二人とも亡くなっているが時代を代表する偉大な二人だ。

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ヘルベルト・フォン・カラヤン     レナード・バーンスタイン
        (1908-1989)           (1918-1990)

カラヤンはベルリンフィルの終身指揮者、ウィーン国立歌劇場芸術監督、ザルツブルグ音楽祭の芸術監督として名実共にヨーロッパに君臨した「帝王」だ。中でもベルリンフィルとの関係は34年も続き、その関係はある意味「君主と手兵」であり、今時の「共に創り上げる」スタイルではなく前時代的な「絶対主義」にも通じるものだったと言っていいだろう。「カラヤンのオーケストラ」としてのベルリンフィルの歴史がそこにある。
自分の「見せ方」に徹底的にこだわり、例えば対外的な写真はどんな小さな物でも、特定のカメラマンが撮り自らが許可した物しか使わせなかった。格好にこだわるスタイルはオーケストラの前でも同じで、目をつぶって瞑想するような指揮ぶりはまるでオーケストラを催眠術にでもかけるようだと評された。
ボクは二度実演に立ち会ったことがあり、一度は早稲田大学のオーケストラを相手に、R.シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」を練習する場面だったが、冒頭の部分を何度かやり直しさせている内に、それこそ催眠術にかかったように、ワセオケの奏でる音が甘く耽美なカラヤンサウンドに変化していったのには流石に驚いた。日を改めたベルリンフィルとの公演では、舞台照明が尋常ではなく、強い照明が全て斜め横から当たるように仕込まれていてまた驚いた。自分がよりカッコ良く見える演出だったのだろうが、こんな照明は後にも先にもカラヤンだけだ(笑)。演奏の録音にはライヴ録音を嫌い、音質、音響を徹底したセッション録音。録音後も充分な時間をかけて検証し、納得いくまで発売を許可しなかった。
しかしそれは、けっして音楽至上主義という訳ではない、商業主義だ、との評価からアンチ・カラヤン派も存在するのである(笑)。
まあ、そういう自己演出も含めて、ショーマンとしての才能は天才的で、ファンの拡大、レコードやチケットのセールス等々、地味なクラシック業界においては驚異的な人気を誇り、その存在感は良くも悪くも当代随一の「花形」だったことの証明でもあろう。

バーンスタインはよくご存知のように作曲家でもあった。名作「ウェストサイド物語」の音楽は知らぬ人はいないだろう。アメリカ人指揮者として初めてニューヨークフィルの音楽監督に就任し、若い世代にクラシック音楽を広める活動にも熱心で、その親しみやすい人柄もあり絶大の人気を博した。指揮台での彼はカラヤンとは正反対で、跳んだり跳ねたりオーバーアクションでオーケストラを鼓舞するスタイル。愛弟子であった佐渡裕や大植英次の指揮ぶりを見れば「技」は受け継がれている(笑)。
熟年〜晩年にはヨーロッパをも股に掛け、各地で歴史的名演を繰り広げた。古典はもちろんだが、自身がユダヤ系ということもあり同じくユダヤ系のマーラーを得意とし、その演奏は感情剥き出しで「魂の叫び」とまで評される。現在、マーラーの楽曲が演奏会のプログラムで珍しくなくなったのは彼の功績も大きいと思う。残念ながらボク自身、彼の実演には一度も触れずに終わった。実に悔やまれるところだ。

二人とも親日家であり日本人の弟子も多い。
小澤征爾はこの二人ともに師事した貴重な存在でもある。

この二人、歳こそ10歳違いだが、この二人を巡っては虚々実々、様々なエピソードが残る。
それは次回、、、。





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【2014/05/03 15:13】 音楽 | track back(0) | comment(0) |
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